Torn Souls -TheCall Back-


7. Improvisation (アドリヴ)

「…こうして、エレスサールは敵を刺し貫きました。彼の剣によって、世界はまたもとの平和な世の中に戻ったのです」

「素晴らしいわ…」

シルヴィは、目を閉じ、枕に頭を埋めながら、溜息をついた。

「あなたがここにいてくれてどんなに私が感謝しているか、あなたはわからないと思うわ、レゴラス」

俺にはわかってきたけどな)

俳優は一瞬だけ表面に浮かんだオーリの心中で自らにそう呟いた。しかしそれはほんの一瞬のことで、アルウェン姫が我にかえって彼の目を追ったとき、オーランドはレゴラスの人格の下に押し戻されていた。

「けれどフロドは生き残ったのね。今はここに向かう途上にちがいないわ。私たちはナズグルから受けた彼の傷を治してあげられるでしょう。ここは癒しの場なのだから」

「たしかに。宵の明星よ。しかし指輪所持者にもいろいろと事情があると思いますよ」

「彼はここに戻ってくると思うでしょう?」

「時が満ちればね。」

とレゴラスは云った。

(俺の死体の上にな。)

とオーリは思った。

彼女はまっすぐ身体を起こすと、彼をじっと検分するかのように見つめた。

「何か忘れ物があるのではない、王子?」彼女は言った。

「あなたの弓はどうなすったの。丸腰じゃありませんか。私、今まで一度も武器を持っていないあなたを見たことがないわ、レゴラス」

どっと汗が出た。

「もう私は戦にはうんざりだし、これから一生…つまり永遠に、武器を持ちたくはないのですよ、アルウェン姫。それに、貴方も仰られたとおり、ここは癒しの場所。リヴェンデルが闇の魔手に脅かされることなどありませぬ」

「そうだったわね」彼女は溜息をついた。

「なんだか、あれは貴方の一部のような気がしていたものだから…。あなた、疲れていらっしゃるわね、私たちみながそうだけれど。ああ、サウロンののろいが私をこれほどに打ちのめしさえしなければ!」

「あなたは良くなりますよ、私の大事な姫君。貴方はゴンドールの女王としてアラゴルンの隣にたつのですから。」

「この部屋から出ることも叶わない私ですのに?」

彼女は小声で呟いた。瞼がゆっくりと落ちた。

「馬に乗りたいわ…私の馬に。もういちどあの子に会いたい。けれど、連れてきてはくれないわよね」

オーリは看護婦をちらりと見た。その顔に否定的な色を読みとり、答える。

「馬はあの高原に連れて行ったのですよ、姫。オークに見つからない安全な場所でなければなりませんからね」

疲労のあまり、彼は集中力を持続させるのが難しくなってきていた。影を演じはじめて三日目で、彼は思い出せるかぎりの全ての物語を話してしまっていた。もう幕引きの頃合だった。

一方でもシルヴィは、今日はもはや灰色というほどの顔色になっていた。肌はまるで紙のように透き通っている。この子は死ぬのだ。

衝動的に彼は立ち上がると歩み寄って、大きなベッドの中で埋まってしまいそうな少女の額にそっとキスを落とした。

「もう行かなければなりません、愛しき夕星の君よ」

「またいらしてくださいませね、レゴラス・グリーンリーフ。わたくし、できることなら指輪所持者に会いたいのです。彼に私からの感謝と、我が国民からの賞賛の言葉をお伝えしたいから…」

「彼は判っていますよ、姫。判っていますとも」

部屋から出ると、セキュリティ・ガードが彼の背後で扉を閉めた。オーランドは開放感に思わず背を伸ばした。

ありがたいことになんとかやりおおせた。これで休める───ほんの僅かの間にしても。もう一度『二つの塔』を読み直せば、あともう二三個くらいは新しいネタを拾うことができるだろう、と考えた。全く、あの子は話に飽きるということがないのだ。まあ本の一冊を入手するくらい,カフナには朝飯前に違いない…。

オーリは周囲を見回し、そして突然気がついた。カフナが居ない。制服姿の警備員が空の酸素ボンベか何かを運び出そうとしている配達夫と話をしているだけだった。

彼らが話を止めたときには、オーランドは山のように積まれた医療器具の影にへばりついていた。配達夫はオーリごと荷物を押して、廊下を外へと向かい出す。

数ヤード行ったあたりで,オーランドはものすごい早口で喋りだした。

「こっちを見ないでくれ」

彼は必死で頼んていた。

「助けてくれ!俺はここに捕まっているんだ!俺はアクターだ、名前はオーランド・ブルーム。きみ、頼むから警察に…いやその前にピーターか、ニュー・ライン・ピクチャーズ(注:lotrの映画配給会社)に…いや、いや、もうニュージー・ランドにいる奴なら誰でもいいんだ、ともかく、誰かに俺が誘拐されたと伝えてく…」

「はっはっは」

彼の背後で突然大きな笑い声が響いた。巨大な手がオーリの肩を鷲掴み、彼はあっと凍りつく。

「いやあ、彼は冗談がうまくってねえ!まったく、大したもんでしょう?」

カフナが笑って言った。唖然とオーリのまくしたてるのを聞いていた配達夫は、そのカフナの様子に一緒になって笑い出した。

「いや全くだな、まるきりお伽話に出てくるような格好だし、さっきの様子も核心に迫るっていうのかい?いやあ、本当にうまいもんだよ!」

二人は口々に笑いながらオーランドの"演技"を褒め称え、それから配達夫は足取りも軽く歩き出した。オーランドがついていこうと思わず一歩踏み出したのを、カフナの鋼鉄のような手ががしりと彼の首根っこを締め上げた。あまりの痛みに彼の視界に黒い点が浮かんだほどだ。

「あの野郎に手を振るんだ」

カフナはまだ口元で笑いながら命じた。 配達夫はちょうど廊下の行き当たりにさしかかって、角を曲がって消えようとするところで、挨拶代わりに笑いながらこっちを見ていたのであった。

それからカフナはオーランドの腕を背中に捻り上げると、タイラーの仕事場へ彼を引きずっていった。

「衣装も鬘もだめにするわけにはいかない。まずはそれからだ」

「"まずは"?」

オーリは腕を後ろに捩じ上げられたまま歩くという無理な姿勢にほとんど転びそうになりながら尋ねた。

「あなたには失望させられた」

カフナは言った。

「ご主人様はあなたのことを非常に上手くやっていると誉めていらした。これも私には悲しいことだ」

 

ローリー・タイラーは直ぐに何があったか悟ったようだった。彼はオーランドのかつらと耳とを外し、メークを落としている間、ノンストップで彼のNYに持っているスタジオのことや、これまでやった仕事について喋りつづけた。

「アンジーが今朝電話をかけてきて、『禁じられた惑星』のリメーク版が作られてるらしいって言ってきたんだよ。まったく、俺がそこにいられればなあ!やりたいことは一杯あるんだけど」

タイラーは興奮気味に言った。

「あんた、自分のアシスタントと話せるのか?」

オーランドは耳を疑った。

「なのに彼女はあんたがここに、無理やり来させられてるって知らないのか?」

タイラーは、ドア際のカフナにすばやく目をやった。わずかな恐怖が走った。

「神よ、どうか彼女がなにも気がつきませんように、だ!───それこそ最悪のオプションだよ。もしこの事態を知ったとしら、あの女を止められるものは何もないんだ。そしたらどうなるか…。彼女が何か変だとちょっと騒ぎ立てただけでも、連中はNYに人を送って彼女をひとなでして黙らせることができる。実際、そうしてやると脅されたんだ。俺は殴ったり殴られたりは嫌いなんだ。アンジーに限らずね。」

タイラーが彼のアシスタントを大事に思っているのは、その言葉からも読み取れた。

「こうやって彼女の安全を守っているだけで俺としちゃ精一杯だ。マーティーンはバカじゃない、オーランド。君はまだ奴のやり方を知らないんだ」

衣装も脱ぎ終わって、二人は諮ったように深く息を吸った。

「Gentlemen,」

カフナがドアから穏やかな声で呼びかけた。

「こちらへ」

二人は慄きながら従った。何か非常に良くないことが起きそうな予感がした。


グラント・マーティーンは専用に作ったらしい剥製展示室で待っていた。所狭しと飾られた自分で殺した動物の死骸に囲まれて、すっかりご満悦といった体だ。

「部下に命じてあなたの弓を、ウェタのスタジオから取り寄せることにしましたよ、ミスター・ブルーム」

だしぬけにマーティーンは言った。

「その方があなたには使い勝手がよかろうと思いましてね。今日の演技もたいへん見事でした」

彼の眼が悲しげに曇った。

「娘はどんどん衰弱している…今度はフロドに逢いたいと言っていますね。あなたたちがそういうゲームが得意だといいんですが」

そう言って、彼は暫くの間じっと黙想に沈んだ。

予想していたことだったが、やはりシルヴィとの会話はすべてモニターされていたらしい、とオーランドは思った。ということは、自分の部屋にいる時すらも、連中は監視しているとみて間違いはないだろう。なんと手の込んだことをやっているのか。

「先ほどの医療器具会社との件ですが、」

とマーティーンはふっと一息ついてから切り出した。

「貴方にこの場で何らかのお怪我を負わせるのは、私の本意ではありません。シルヴィはデリケートですからね」

その言葉が終わる前に、空を切り裂く音と、どすっというような鈍い音、そしてローリーが苦悶の叫びを上げてオーリの背後に崩れ落ちるのとが同時だった。だが一発では終わらなかった。カフナは倒れたタイラーの背中に何発もの拳を叩き込んだ。

「やめろ!」

絶叫して、オーリはばかでかいポリネシア人に飛び掛った。しかしこれは失策だった。───次の瞬間には、鳩尾に棍棒で殴られたような衝撃を喰らって、彼は床に両手両膝をついた姿で苦悶の喘ぎを上げていた。カフナはほとんど失神しかけているローリーの背骨にさらに殴りかかった。

「やりすぎないようにな」

マーティーンがまるで猛犬に注意するみたいに言った。

「彼には明日も働いてもらわねばならん。さて、ブルームさん、お分かりいただけたかな。全て物事には一続きの関係というものがあるのですよ。この世界では何一つ独立して起きるということはないのです。さて私としては、あなたのお顔に痣などあっては困ります。ですからあなたの罪はすべてミスター・タイラーに贖っていただくというわけなのです。───二度とこのようなことのないように気を付けなさい」

目の前で起こっている情景にまるで喉が絞られたようで、オーランドはイエスともいえなかった。目じりからは涙が頬を伝いおちる。カフナは仕事を終えたようだった。かがみこむと、全く重さがないかのように、ぐったりしたローリーの体を肩に担ぎ上げた。

「部屋へ連れて行け」

グラントは命令した。

「あとで医者を送らせる。それからブルームさんを自室まで送っていかせねばな。───さ、これで我々は、明日からはもっと良い協力関係を結べそうですね、ブルームさん」


第8節. Best Boy

ドアを軽くノックすると、ヴィゴ・モーテンセンは部屋の中に顔を突っ込んだ。

「ピーター、ちょっといいかな?」

ところがそこには監督しか居なかったので彼は驚いた。ピーター・ジャクソンは常に彼の指示を仰いだり彼の注意を引こうと躍起になっているスタッフ達にわんわん取り巻かれているのがあたりまえで、一人で居ることなどなかったのだ。

監督の傍に寄ったヴィゴは、机の上にぐしゃぐしゃに丸められた紙クズと、何かにぶつけられて粉々に壊れたらしい携帯電話とを目にした。

「どうやら出直したほうが良さそうだ」

帰りかけたヴィゴに、

「座れよ、ヴィグ」

ピーターは困憊しきった声で云った。彼は彼のはげ頭を掻き、次に彼のつき出た腹を掻いてから、彼の映画の主役に対して、大きな優しい草食動物のような目を向けた。

「今日は最低なことばかり続いてね」

「そうらしいね」

ヴィゴはそれから続けて尋ねた。

「まだ、オーランドからは何の連絡も…?」

「ああ!状況は悪化する一方だ。ウェタ(注:映画会社の倉庫の所在地)が今度はオーリの弓矢が小道具部屋から消えたと言ってきたよ」

「はあ?変わったものを盗る泥棒だな。そんなものを盗んでどうするんだろう」

「実はそれだけじゃないんだ、ヴィグ。3日前にはレゴラスの衣装が消えているんだよ。オーランドが消えたのとほぼ同時刻にだ。このことは、これまで誰にも言わなかったんだが」

ヴィゴはしばらく沈黙した。

「なるほど。いろんなものがここらでなくなったり盗られたりしてたというわけか。それで全部かどうか、確認はしたのかい?」

「衣装と、かつらと、武器。これで全てだ。───ヴィゴ、君も私もオーランドのことはよく知っている。彼は決していい加減な人間じゃあない。なのに彼はもう二日分の撮影をすっとばしてる。これは本当に深刻な事態が我々の知らないところで動いているとしか思えない。電話で確認したが、彼の母親も、彼の友人らも、エージェントも、叔母も、誰一人オーランドから連絡を受けてないと言っているんだ。まるで、オークランド国際空港から出て行ったきり、そのまま空中にしゅっと消えてしまったみたいだ。私は君ら皆がオーリはパーティーとなると見境のない野郎で、楽しむためなら何でもする奴だと思ってることは知っているが、けれどいったん仕事となれば彼は常に完全にプロフェッショナルだった。私は本当に心配でたまらないんだよ」

ヴィゴは深く息を吸った。

「俺も同感だ、ピーター。警察にはもう電話を?」

「とっくさ。二日前にした。だが真剣に受け止めてくれないのだよ。結局のところ、彼は成人で、労働ヴィザでニュージーランドに来ていて、イギリス人だ。そして職業は俳優。しかも身代金の要求も何もない。会社は私立探偵を寄越すと言ってきたが…LAで警官やってただけの元刑事なんかが、ここで起きてることにどれほど役に立つもんかね?せいぜい邪魔にならなきゃ御の字ていどのものだよ」

「なにか俺で手伝えることがあればするが…」

「あるとも。この件については黙っててくれ。他のキャストをこの件で動揺させたくないんだ。とにかく、今私が祈ってるのは、オーリが指一本欠けることなく五体満足で帰ってくることだけだよ。まったく、こんな悪夢は、編集で間違って7分ぶんもフィルムをオシャカにしたせいで、全スタッフに再召集(コール・バック)をかけたとき以来だ!」

ヴィゴは監督の肩を軽く叩いた。誰よりも荷の重いのが監督の仕事とはいえ、こんな異常事態続きでは、あのスティーヴン・スピルバーグだって対処しかねることだろう。

「若い連中のことは任せておいてくれ。レゴラスなしで撮影できるところもあるし…」

「いっそ原作をごっそり変えようかとも思ってるんだよ───途中でレゴラスは死んだことにしてしまう、とか。客に原作と違うって叩かれるかなあ?」

「たぶんね」

ヴィゴは溜息をついた。

「ファンはそういうことには目ざといから。いっそのこと、フロドが賭けポーカーで指輪をすっちまったってことにしたら?」

ピーターは鼻を鳴らした。

「いいねえ」

 

9. Prop Man (小道具係)

ローリーの手は震えていた。オーランドは深呼吸し、片手を握った。

「ごめんよ」

彼は青い目でじっとローリーを見たまま言った。

「本当にごめん」

「なんてことないさ」

タイラーはちらりと笑みを閃かせていった。

「あんたが俺を殴ったわけじゃないしさ」

彼はオーランドの手から自分の手を取り戻すと、代わりに道具の一つに手を伸ばした。

「でも俺のせいだ」

オーリはしつこく言った。

「俺,知っておくべきだったのに…そんなうまく行くわけないって、だのに…」

「もういいってよ。さあ、髭を剃ってくれるかい?エルフに髭なんかあっちゃ全部台無しだ」

「ローリー、おれ、奴らが俺にしろっていうことなら何でもやってやるよ」

ちらりと、ドアに立ちふさがるように立っているトロルのような監視役の男をみやって彼はできるだけ小さな声で囁いた。

「彼女、かなり悪化してるから、もう長くはもたないと思うんだ。かわいそうに、こんなふうに最期を長引かせるなんて残酷だよ」

「髭を剃って」

タイラーはすげなく命令すると、瓶の並んだトレーを持ち上げた。そのとき痛みに顔をしかめるのを見て、オーリは自分が代わって殴られればよかったんだとか、そんなことを言いたいと思った。そしてあの戸口に踏ん張っている怪物を銃で撃ち殺すところを想像してみる。

ローリーが耳たぶを糊付けしていたとき、カフナがドア口におとずれた誰かと会話しているのが耳に入った。二人は次に来ることを予想して───そしてもちろんその予想が良いものであるはずもなく───恐怖にみちた視線を交わしあった。会話を終えたカフナがゆっくりと近づいてくる。

「ブルームさま」

彼はいい、手にしていたレゴラスの弓矢を差し出した。

「主人は本日はこちらをお持ちになって演技していただきたいとのことです」

「一体どうやって手に入れやがったんだ」

オーリはひったくるように弓矢を取ると語気荒く尋ねた。手を弓梁に走らせればその長さが記憶どおりに懐かしく、ぴんと張った弓弦を弾く感触も前のままだ。

カフナは答えず、自分の持ち場に戻った。オーリはローリーがそれを脇へ取り除ける前に、一瞬だけ弓をぐっと手に握る。重い。長時間撮影のために作成されたゴム製レプリカ ではなかった。これは至近距離から撮るときに使った、ほんものの、実用に耐えるほうの弓だ。彼は眉をぴくりと動かした。もし矢のほうがレプリカだったら?でももしかしたら、本当に撃てる方の奴かもしれない。奴らは俺が役のために、弓の実戦訓練をつんだことを知らないのだ。ということは、連中は自分の捕囚を自分で武装させたことになる。これは故意か偶然か?

「運命の歯車の回る音が聞こえてきたぜ」

ローリーが息を潜めて囁いた。ローリーもすぐにそれがただのケチな小道具ではないと悟ったようだった。

オーリは複雑な顔でローリーを見つめ返した。自分は二度と彼に怪我をさせるような真似をするつもりは無いから、といいたかった。だが自分でもそれは大嘘だと判っていたし───もちろん、タイラーも同じだった。

「頼みたいのは、次は出番を選んでくれってことだけさ───どんぴしゃりのね。」

ローリーは耳元に囁いた。

「次にミスれば・・・そのツケは高いだろうからな」

その時二人のどちらも知らなかったのは、払うことになるツケはもっと高かったということだけだった。


10. Dialogue

ショーン・オースティンは巨大な音響ステージの外側に一団に集っている共演者らの姿を見つけ、背中に大きな皮製のリュックを背負った姿であたふたと駆け寄ってきた。しかしどちらかというと彼が素に戻っている時は、「恐るべき俳優たち(注『恐るべき子供たち』のもじり)」との会合に来るといよりオフィスへ向かう途中のサラリーマンが単に急いで走っているように見える。

「おい、きみたち!」

そぞろ歩いている人々に追いついて、彼は呼んだ。

「インターネットからまた面白い話を手に入れたよ!」

「Oh God,」

溜息をついて、ヴィゴは天を仰ぐ。

「You're like some crazed porn junkie, you know that?(そんなことばかかりやってると、まるで頭のいかれたホモのジャンキーみたいだぞ。自分で判ってるか?)」

「というよりも・・・」

とドミニクはしかつめらしく言った。

「Pervy Hobbit Fancier(色情狂のホビット愛好者)と呼ぶべきだね。今の言葉、メモをとっておきたければどうぞ、ヴィグ」

「ヴィグは何でもメモるからなァ」

ビリーが言った。

「こういうの書く女の人たちって、いったいどこからこんなことを思いつくのかしら?」

役者集団の監視にと送られてきたスタジオ・アシスタントの女性が尋ねた。彼女は数ヶ月くらい前から、この"読了せよ。而して泣き、大いに笑え"の会(注:ネットのスラッシュFFを読んで死ぬほど笑い転げよう、という目的のためにLOTRの役者たちが作った会)にこっそり出入りするようになっていたのである。

「いかんね、我々はそう思われるように仕向けてるんだよ。これは認めていただかないと。」

ドミニクは真面目な顔をして言った。

「この映画は『プリシラ』以後に作られたゲイ映画のなかで、最もゲイゲイしい作品になったといえるであろう」

ヴィゴはむっとして言った。

「Pardon me?(失礼な)」

「だって、ピーターが自分でそうなるように指揮したんだぜ。"素晴らしきサー・イアンとセクシーなボーイフレンドたち"って内容だろ、この映画は。ま、中にはタイツを穿いた汗臭い人間が数名紛れてるけどね」

ドミニクは指折り数えていった。

「キャストの半分はゲイだろ、カミングアウトしてるかしてないかは別にして。で、あとの半分は・・・」

「I.H.P.だ、ドム」

ジョン・ライ=デイビスが遮った。

イライジャがきっとジョンを振り返って怒りの声をあげた。

「あっ、またばかにしてる!」

「I.H.P.?」と若いアシスタント。

「Impressionable Hobbit Present("悪影響を受けやすいホビットがいるんだぞ"の頭文字で作った短縮語。イライジャが一番若いために、きわどい話になると年上のキャストはIHPを連発してイライジャを話から締め出そうとしていた)てことだよ」

ヴィゴはひそひそ耳打ちをしてやる。

「人を子ども扱いして、このジジイ!」

イラジャはぷりぷりと言った。

「残りの半分がなんなのか、ぜったいに暴露してやるから!」

「やめといたほうがいいと思うけどなあ」

とショーンが言う。

「まったくだ」

俳優ら数人の声が唱和した。彼らは巨大なセットの周辺で働いている大道具係の一団のそばを通り過ぎるとき、彼らはそろって声を小さくした。イライジャは彼らには聞こえないくらいに遠ざかってから付け足した。

「あんたたちは僕らをただのホビットだってバカにしてるかもしれないけどね。でもファンの子たちがぼくら大足のホビットのことをどう思ってるか、あんたたちは知らないんだろう?」

「君らを汚れなき聖処女みたいに思ってるらしいのは知ってるよ」

ヴィゴがからかう。

ドミニクはショーンのリュックに手を突っ込んだ。

「さあて、本日は誰がエルフのベッドのお相手かな?」

「僕だったらいいなあ!」

ビリーは胸に両手をあててウットリとしたような顔を作って言った。

「いや、ダメ、俺だよ俺!」

カールが立候補する。

「でもさ、僕ホントにオーリが今誰かと寝てるんならいいなって思うんだ」

イライジャの言葉に、一座に沈黙がおりた。さくさくと土を踏む音だけが残る。

「こっちだよ、ライジャ」

ドミニクがついに沈黙を破って言った。

「一人にしといてやれ」

ヴィゴがドムを引き止めた。

「スーツ姿のオーク君たちとの仕事が終わったら、みんなで集まってショーンの持ってきたスラッシュ・フィクションで元気を出そう」

「ほんとにそんなことするの?!」(注:「元気を出す」には凄い暗喩が…)

ちょうどそれは目的のサウンドスタジオに着いた時で、アシスタントの女性は目を丸くして叫ぶ。

「するわけないだろう!」

ジョン・ライ=デイビスがガハガハ笑って、それから照明を暗く落とした巨大な建物のドアを押し開けて、中にのしのしと入っていった。キャストたちも閉まりかけの扉の隙間から次々と中にすべりこんでいったが、イライジャは最後まで残った。それから中に入ってちょっと立ち止まる。暗さに慣れようと目を瞬いた。友達の役者たちの交わす会話が先に続く闇のほうから耳に届く。

「ヘイ、ライジャ」

背後から小さな声で呼ばれた。

「ちょっとこっちこいよ、見せたいものがあるんだ」

彼にはそう自分を呼んだ相手が誰なのか判らなかった。けれどにっこり笑ってそっちの方へ近付いていったのは、こういう誘いというのは常にのちのちのためにとても…「勉強」になる、(あえて言うならばだが)と思っていたからである。



がっしりとした手が肩に置かれ、彼を大道具の壁を支えている角材の後ろに引きずり込んだ。暴れだす前にもう片方の手はイライジャの口をふさぎ、次に誰かが彼の胸に腕を回すと軽々と肩に担ぎ上げた。イライジャは喉の奥でリスが鳴くみたいにきーきー叫び、必死で足をじたばたさせたが、尻の近くにちくっと針が刺さったのが判った。皮膚の下にカッと熱いものが走る。

それがイライジャ・ウッドが最後に感じたものだった。

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