第四節 キャラクター・テスト


渡された台本はひどい代物だった。これならネットにゴマンとあるファンサイトから、適当に何かダウンロードしてきた奴のほうがよっぽどマシだと思ったくらいだ。中味はサウロンが滅んだ時の様子とか、フロドとサムの活躍をだらだらと羅列するばかりで、さらにアルウェン姫に対するレゴラスのくだくだしい愛と忠誠の誓いを、いかにもな宮廷用語で並べ立てている。

それでも彼が熱心に暗記したのは、覚えなかったらどうなるかと怖かったせいではなく、何かに集中することで心を落ち着かせたかったからである。グラント・マーティーンが狂っているのは確実だったが、それでも、いやそれだからこそ、オーリを殺してやるという脅迫は真実味を持って響いた。オーリは彼にはそうするだけの力があるのだろうと信じたし───それだけでなく、自分がここにいたという証拠すら、闇から闇へ葬ってしまうこともできるに違いないとも思った。

昼食を運んできたカフナは、テーブルの上に朝食が全く手がつけられないまま放置されているのを見て不満げに舌を鳴らした。まあ確かに、食べたほうが気も落ち着くだろう。彼はホノルルを発ってから何も食べていなかったのだ───ホノルル!オーリは驚く。まるで100万年も昔のことのようだ。

体は薬のせいでまだふらふらしていた。カフナはオーランドをほとんど引き摺るように食卓に座らせると、陶製の円いカバーを開けた。出てきたのは野菜が添えられたグリルド・サーモン・ステーキとサラダというメニューである。

「力をつけていただかねば困りますな。」

カフナは低い声で言った。 オーランドは心の一隅に染み付いてはなれない暗い考えに耐え切れず、尋ねた。

「俺は…そのうち殺されるのか?」

「ボスの命令のない限り、そのようなことにはなりません」

なるほど。よくわかったぜ。

おもむろに彼はものを口に詰めこむ作業に向かった。めちゃめちゃ美味しい。しかもカフナはたぶん恐ろしく高価いんだろうと思われる白ワインさえ添えてくれた。がっつくオーランドを置いてカフナは出て行き、きっかり三十分後に戻ってきた。

「メイクアップにかからせていただきたいと存じます,ブルーム様」

それからオーランドは動く山ともいうべき巨人にエスコートされ、広大な屋敷をまたもえんえんと歩かされた。ほとんどトレッキングに近い。こんど着いたところは、二階のスタジオであった。

「こんちは!」

部屋に足を踏み入れたとたん、なにかごたごたと置いてある台に向かって仕事をしていた背の高い男が振り返って、挨拶をしてきた。魅力的な笑顔を浮かべたその男は、汚れた手を自分の服の前でちょっとぬぐうと、さっと手を差し出して言った。

「ローリー・タイラーだ。スペシャル・エフェクト・テクニシャン(注:特殊なメーキャップを専門とするスタッフ)さ」

そのアクセントたるや、まさにあのドラマ『OZ』そのものだった。(注:OZは全米で驚異的な視聴率を獲得している刑務所ドラマ。RollyTylerはそのOZにスタッフ兼で出演しているらしい。また、彼のスタジオはNewYorkにある)

「あんたの名前は聞いたことがある」

オーランドはこの状況が一体どこまで奇妙な方向へ展開していくのか危ぶみつつ、差し出された手を握り返した。

「NewYorkの他にもスタジオを持ってたとはね。あんたがオージー(注:オーストラリア人/国の別称。蔑称として使われることもある)だとは知らなかったよ」

「実は生まれも育ちもオージーさ。といってもここは俺の仕事場じゃないけどね」

彼はおどけてカフナにウィンクしてみせた。

「俺は、まあ、"リクルートされた"とでも言えばいいかな。あんたのメイクアップのためにね。 ま、こいつらだって直接あんたの撮影所のスタッフを引っ張ってくるわけにはいかなかったわけさ、でないとあんたの居場所がばれちまうもんな」

「じゃあ、あんたも、無理やり…?」

オーリは尋ねた。

「まあね。グラント・マーティーンはきっちり法的手続きを踏んではくれたけどさ。"何も聞かないこと"っていう条件と大金のセットとくれば、誰だってワケありだとは思うわな。この世界じゃそういう仕事はけっこうあるしさ。まあでもどんな仕事か事前に説明されてたら断ったろうけどね」

彼は一人で面白そうに笑い、それからオーランドに巨大な鏡の前に据えられたプロ仕様の椅子に座るように示した。しかしその椅子以外は、まるでどこか の美容院をそのまま持ってきたような雰囲気だ。

「じゃあ、ノーって言ったんだ?」

オーリは眉をひそめて尋ねた。

「そしたら…?」

それまで表情豊かだったローリーの顔が一瞬止まった。

「そしたらカフナが生ゴミ同然に俺を叩きのめしてくれたさ。そのデカさのわりには本当にお前は素早いよな、え、大男さんよ?」

「そのとおりです、ミスター・タイラー」

「ま、座ってくれよ、オーランド」

ローリーは言った。

「そう呼んでもいいよな?ここじゃ俺たちは、まさに血を分けた兄弟みたいなもんだと思うからさ。ところで、あんたの出た映画の『ワイルド』、見たけど、良かったぜ。エルフも似合ってるしさ。あんたは本当はファラミア役を狙ってたって聞いたけど、そしたらあの映画は大惨事になってたろうよ。ジャクソン監督はキャスティングについてはモノの判った人さ。特にイライジャ・ウッドはフロド役としてパーフェクト、まさに完璧だよ。第一話じゃ凄い特殊効果使ってたし、本当に続編を楽しみにしてるんだぜ。ま、俺を雇ってくれなかったのは残念だけどね。俺ならもっとオークにいろいろやってやれるんだけどさ」

相手が喋りたてることで緊張を紛らわそうとしているのだ、と気づいたのは、座ってからタイラーの体のあちこちにある青黒い痣の痕と彼のぎくしゃくした動作に、その意味を悟ってからだった。オーランドは震え上がって、思わず目をきつく閉じた。突然指が頬に触れ、文字通り椅子から飛び上がる。

「ごめん」

真摯な声で、タイラーは侘びた。

「君の気持はわかるよ。ごめんよ、もう二度といきなり触ったりしないから…。ただ、付け耳の部分が一番難しいところなんだよ。奴らは君の髪は盗めたんだけど、」

と彼は数フィート向こうのスタンドに、恬として乗っかっているウィグを示した。まさにオーリが撮影で使っていたやつである。

「…でも耳までは無理だったみたいでね」

彼はオーランドの耳たぶに触って難しそうな顔をした。

「まずは型取りからはじめないと…」

「嫌だよ!」

オーリはほとんど反射的に言っていた。あの、顔に石膏(みんなジョークで『デス・マスク』と呼んでいたが)が貼り付けられて、じっと身動きもできずに椅子に縛り付けられていなければならない経験など、思い出すだにぞっとした。映画の撮影という時でさえ嫌だったのに、まして今の精神状態の自分に耐えられるとは思えない。

カフナがのっそりと身を起こした。二人は突然張り詰めた危険な雰囲気にさっと目を見交わした。

「顔全部は要らないんだ、」

ローリーは早口で言った。

「耳のところだけでいいんだよ、それだけで作れるから。嫌な気分にさせたりなんか絶対にしない。約束する。」

彼は怯えきったオーリを安心させるように、にっと笑った。

「大丈夫。きっとうまく行く」

ほとんど優しいとさえいえる声で、彼は囁いた。

「俺たちは、やりぬけるさ」


第5節. オーディション


オーランドは体中をいじられている二時間の間、ぼんやりしてるだけだった。一方ローリーは素晴らしい才能を発揮して、まるっきり本物としか思えない偽の耳を作り、外科医のような真剣な目つきで、それを丁寧に装着させていった。それから彼はウィグに取り掛かったが、何度かいろいろ試した末に、彼は困惑して手を止めた。

「まいったな。うまく乗せられないぜ」

彼はレゴラスの写真とオーランドとを代わる代わる見ながら、舌打ちせんばかりに唸った。

「このウィグはほんとに君のか?」

オーリはそれにちらりと視線を送った。

「結構な質問だよな。生命の危機にさらされてるとは思えないよ。ついでにケツの毛まで金髪にしてくれたらどうだよ?───そうだよ、その通り。そいつは俺のだよ。困ってるみたいだけど、理由は俺の髪形のせいだよ。映画じゃ背を少し高く見せるために、クルーの連中は髪をモヒカンにして逆立てやがったんだよ。そんなくだらない解決法を編み出すのにスタッフが"ミーティング"をいったい何回開いたことか、そいつを知ったらあんた驚くぜ」

タイラーはふむん、と頷いた。

「なるほど。しかし俺としてはそんな無神経な方法はとりたくないな。もうちょっと賢くいこう」

タイラーはカフナの方へ顔を向けた。この巨人は、オーランドをここに連れてきた時に占めた場所から一ミリも動かず、二時間もの間ずうっと自分達を監視していたのである。

「カフナ、生理用のナプキンを都合してくれないか。昔あった古いタイプので、近頃流行のウィングとかなんとかの飾りが付いてない奴だ。なるべくぶ厚いやつがありがたい」

ポリネシアンは出て行く代わりに室内にある電話を取り上げた。数分後、スペシャル・エフェクト・テクニシャンは、片手にナプキンを持って立っていた。打ち出の小槌みたいだ。

「よし、これでいってみよう」

タイラーはオーリの頭のてっぺんにフカフカしたナプキンを乗っけながら言った。

「お前は変態か」

オーランドは唸った。ちらりと覗き見た鏡の中では、自分が頭に生理用ナプキンをのっけて座っている。どこからどうみても完璧な阿呆だ。

「昔ながらの手法さ」

ローリーは丁寧な手つきでウィグを被せ、補正しながら答えた。

「こいつはウィグの形を整えてくれるだけじゃない、汗までバッチリ吸収してくれるから、撮影時間が伸びても全然大丈夫なんだ。便利だぜ?」

彼は真剣な目つきで頭部のラインを自然な形に整え、なんと歯ブラシを使って髪の一筋一筋まで梳かしていった。この最後の仕上げが終わってから、ローリーは一歩下がってうーんと自分の作品の出来栄えを眺めた。それから道具箱からデジカメを取り出してオーランドをぱしぱし撮影し、ラップトップに落とすと、保存しておいたらしいニュー・ライン社のオフィシャル・フォトと今撮った写真とを比較する。それからさらに肌の色や耳をささっと手直しして、ついにローリーは満足したように頷いた。

「一丁上がりだ」

オーランドは鏡の中の自分を見ることをやっと許してもらえて、そして───驚いた。レゴラスだ。レゴラスが自分を見つめ返していた。完璧などというものではない、おそらくLotRのクルーよりも上手いんじゃないか…しかも彼らの半分の時間でやってのけたのだ。

「着替えるのを手伝おうか?」

タイラーが申し出た。

「ああ、髪を崩さないようにしたい時には、お願いする」

答えたオーリの声は、すでにレゴラスのものに変わっていた。

カフナはオーランドが変身していくありさまを、すっかり魂を奪われたたように呆然と見つめている。

(もしあいつに"あなたは美しい"なんて言われたら、俺は失神するぞ)

篭手を装着しながらオーリはぼそりと呟く。最後に鏡で全身をチェックしてみれば、レゴラス・グリーン=リーフがエルフの瞳で自分を見つめ返していた。
カフナがまた受話器を取り上げ、一言、「He's ready.」といった。

カフナにつれられて広間を下っていく間、絨毯のせいもあってエルフの靴は見事に足音を立てなかった。ほとんどマラソン・ツアーみたいに感じられてきた屋敷をひたすら歩いて、やっと制服を来たガードマンが立っているドアの前に辿り着く。グラント・マーティーンはすでに来て待っていた。そしてオーランドをまるで奴隷を買う商人のような目つきでじろじろと見る。

「大変結構だ」

マーティーンはどこにも欠点を見出せなかったようで、しぶしぶ認めた。

「払った金に見合うだけの仕事をしたようだな。で、君のほうはちゃんと台詞を覚えたかね、ミスター・ブルーム?」


オーランドは何か巧いことを───エルフっぽいことを言ってやりたいと思ったが、エルフの中にいる俳優・オーランドはすっかり怯えてしまっていた。

「Yes」

「判っているとは思うのだが、あえてもう一度確認しておく。もし君が娘を混乱させたり、無用に興奮させたりした場合、私はカフナに残念なことを命じなければならないだろう。このことに関して私が極めて本気だということは、わかっているね?」

「Yes」

彼は怯えることを知らないレゴラスの影に退きながら答えた。

何者もレゴラスを傷つけることはできない。レゴラスは不死なるものなのだから、人間ごときの脅迫など、彼には何程のこともない。

「Okay,」(注:オージーの訛で、オーカイ、と発音する)

Marteenは言った。そして深呼吸する。

「医療器具などに驚かないように。娘は点滴や生命維持装置につながれているが、娘自身にはそれはサウロンの悪の呪文と対抗するためのものだと信じさせている。またナースに話し掛けてもいけない。彼女は目に見えない存在ということになっている」

マーティーンは警備員に顎をしゃくった。かすかなきしみと共にドアが開く。マーティーンは堂々たる雰囲気をまとって部屋にゆったりと足を踏み入れた。オーリも一歩送れてそのあとに続く。

そこに広がっているのはリヴェンデルだった。違っているのは、この部屋では三方向が壁であって、そこにありがちな映画の書き割り背景などとは比べ物にもならない精緻な騙し絵が描かれていたことだけだ。リヴェンデルの滝の絵が描かれた窓枠には(よほど眼を近づけないとそれが窓だとはわからないが)レースのカーテンがかかり、どこから送っているのか、まるでそよ風が本当に吹いているかのようにさらさらと揺れている。滝の水の落ちる音さえ、涼しい湿った空気と一緒に流れ込んできていた。オーリすら(これこそ本物のミドル・アースだ)とこっそり思ってしまうほど、そこはリヴェンデルそのものだった。それから彼は大きなベッドに横たわる小柄な少女へと注意を向けた。

可愛らしい女の子だ───いや、だった、と過去形にすべきだろうか。少なくともガンが彼女の体と若さを蝕む前までは、そういう表現がぴったりの少女だったろう。点滴のチューブが精密な彫刻のなされたヘッドボ−ドになかば紛れるように這い、少女の身にまとっている豪奢なガウンの胸元に伸びていた。黒い髪はアルウェンのように長かったが、しかし恐らくウィグであろう。抗がん剤の副作用で、髪など残っているはずもないし、それに少女の元の髪の色は肖像画を信じればブロンドだった。頬は明るめの化粧をされていて、悲惨な病のせいでひどく青ざめているのをなんとかカバーしていた。しかし───オーランドの胸は締め付けられた。可哀想に。まだこんなに幼いのに、彼女は死ななければならないのだ。

誘拐事件以来はじめて、彼は自分自身のことを忘れていた。

Marteen は娘に話し掛けていた。

「Lady Arwen、あなたのお望みを叶えて差し上げましたよ。きょうやっとレゴラスどのがお着きになって、モルドールでのあらましをあなたにお話くださるのですよ」

「やっとおいで下さったのね!」

弱々しい喘ぎ声は、しかし本当に嬉しげだった。ぼんやりと濁っていた瞳に生命の輝きが戻ってくる。重たげに顔を傾け、顔を輝かせた少女は呆然とつったっているオーランドを見た。

「レゴラス・グリーン=リーフ、プリンス・オブ・マークウッド!ようこそ、リヴェンデルによくぞお戻りになられましたわねぇ」

Legolasは猫のような滑らかな動作で少女の傍に歩み寄ると、深々と頭を下げた。

「My Lady Arwen, 夕星の君よ。お許しください。これでも急いで参ったのです───指輪戦争のニュースと、それからあなたの愛するお方であるアラゴルン、今はゴンドールの王ですが───についておしらせしようと…」

数時間たつころには、与えられた台本はとっくにタネ切れになっていた。だがレゴラスはアルウェンと喋りつづけた。

彼は会話の間ずっと寝台の足元にしずかに立っていたが、ついに少女は疲れか、さもなくばその前に器具をいじったナースが点滴に何か薬を混ぜたのか、彼女はようやく黙り込んだ。このナースは格好だけはエルフだったが、演技についてはお世辞にも上手いとは言いがたかった。シルヴィが映画で見て知っている人間については嘘が通用しないので、レゴラスは完璧である必要があった。そしてその通り、レゴラスは完璧だった。

俳優はあまりに役になりきっていたので、マーティーンが何か言いながら彼の腕を取った時、反射的に、無礼もの、と口走りそうになったほどだった。

「ご無礼を、マークウッド卿。私はただ、貴方様がお疲れではないかと思ったものですから」

ぐっと上がった眉を見て、オーランドは正気に返った。

「ええ、そうですね。ではそろそろおいとま乞いをさせていただきましょうか。エルロンド卿にご報告せねばならないことが山とあるのですよ」

「判ってますわ、my Sindarin Prince. でもお願いですから明日またかならずここへいらしてくださいませね。まだ私の愛する方・アラゴルンのことをすっかり聞き終わっていませんもの」

彼女はぐったりと消耗しきったようすで目を閉じた。

レゴラスはエルフの王子ならこうするだろう、という態度でマーティーンの手を傲然と払い落とすと、リヴェンデルから堂々と出て行った。ドアが彼の背後でぱたりと閉じた時には、全身の力が抜けて崩れ落ちそうになったが。マーティーンは自分が被っていたウィグをむしりとると。化すかな尊敬の色を浮かべてオーリを見た。

「君は私が思っていた以上にいい役者だったようだ。明日もいけそうかね?私が雇った脚本家は君の半分も才能がないらしいので、明日からは全く台本は当てにならないが」

「やれるだけのことはやってみるさ」

オーリはそっけなく答えたが、なにか決定的に奇妙な感覚が身の内にあるのを感じていた。

 

第6節 Backlot


イライジャ・ウッドは極太マジックで、ビリー・ボイドのトレーラーに卑猥な落書きをしているところだった。といっても書いているのは定型の五行詩で、彼は「rippin(引き裂く)」と韻を踏むうまい単語が思いつかず、なにかないかと唇を噛み、頭を捻っていた。

「お前がゴンドールの角笛に書いた落書きは面白かったなァ」

突然ドミニク・モナハンが背後から声をかけてきて、イライジャの作成中の詩を評価した。

「あれにはショーンは花マルまでつけてくれたっけか」

「ビーンはカッコよかったよなあ。ほんと、彼を殺しちゃったのはもったいなかったよ」

言って、イライジャはふうといかにも後悔しているように溜め息をついてみせる。

「ヘイ、お前、叱られる前に指輪を嵌めて逃げたほうがいいぜ」

当のビリーが現れて言った。

「しかし判んないのは、なんでボロミア達がガラドリエルをぶった切らなかったかってことだよな。あの女ときたら、年若いフロド君に色目使いまくりだったじゃん?」

「僕は彼女に指輪をあげようとしたんだよ。けど拒絶されちゃったのさ。女が男から差し出されたものを受け取りもしないで逆に逃げちゃうなんて、人類の開闢以来の珍事だよ」

「ほっほう、君はその若さにして苦い経験を積んだってわけだ」

ビリーはにやにや笑った。

「"sippin(ちょっと飲む)"てのどう?それと、エルフ・ボーイのことでなんか聞いてないか?」

イライジャは一瞬自分の詩のことを忘れてビリーを見た。

「オーランド?そういえば彼は今朝はどこにいたの?僕は特に何も知らないけど」

「てことは誰も知らないんだな。俺の聞いた限りでは、二日前にNZに着いているのに一度もここには現れてないってことだけだ。オークランド空港の紛失物保管庫に奴の荷物があったらしい。こいつはマジで変だぜ、いくらオーリだからってさ。」

「絶対機内で誰かに会ったんだよ」

イライジャは語気を強めていった。他の可能性は考えるのも恐ろしい。

「オーリの性格はみんな知ってるだろ。」

イライジャはわざと大人びた口調で言った。

「ゴメンゴメン、なんてにやにや笑いながら帰って来るに決まってるよ。そしたらピーターも許してあげて、イアンはあの何もかもわかってるんだぞって目つきで笑ってみせて、それから新しくできた1万人のオーリ・ファンの子たちが一生あなたについて行くわっていうような手紙を書いてよこして、それから大量のテディ・ベアが彼に送りつけられてくることになるにきまってるよ」

「Yeah.I hope so.」

突然ヴィゴ・モーテンセンがビリーの後ろに現れて口を挟んだ。しかし、まるでベッドから這い出してきたばかりというような格好である。

「帰ってきたら奴の尻を鉄板の上のパンケーキみたいにしてやる。喜んでね(for flippin')」
(注:フロドとメリーとピピンの三人の名前をあわせた合成語で、かつ、イライジャの出演映画『Flippers』とイライジャがさっきまで作っていた詩sippin'にも脚韻を踏んだ、三重の掛詞である)

「やるなあ、ヴィグ」

イライジャは"詩人"ヴィゴ・モーテンセンのセンスに心から感心した。

 

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