絶望の虚妄なること…
二人は前もって了解があるかのように、山荘に残した室井に声が聞かれない所まで黙って歩いた。お互いの腹には憤怒と不信と憎悪が渦巻いていたが、彼らは呼吸音以外は、その歪んだ口元から一片たりとも漏らそうとはしなかった。高地のきしむように澄んだ空気は微かに開いた唇の間からも侵入し、それに直接ふれる前歯が痛むほどだった。
ちょうどなにもない空き地の真ん中で、二人は立ち止まった。そして空を横切る銀河の帯の下、ふたりは真正面から向き合った。
「―――――お前のせいだな?」
それは疑問ではなく、確認だった。室井がああなったのは、お前のせいだな?
青島はそんな風になじられることをとっくに覚悟していたようだった。ぎゅっと口角を下げ、微かに肯いた。
それで一倉は襟元を引きずり寄せて拳をかざした。
「そうか。それじゃあまず一発殴らせろ。」
少しは驚くかと思ったが、相手は怯んだ様子もなかった。
「それで気が済むんなら、やればいい。」
冷たい声だった。そして一倉から目を逸らさず続ける。
「いっそ気絶するほどやってくれたら感謝する。」
そうすれば自分で自分を殴りたくなる衝動から少しのあいだ自由になれるだろう。
「そうかい。そう云う奴は殴る気がしない。」
一倉はにこりともせず、どん、と突き飛ばすように手を放した。だが片手は青島のコートの襟を掴んだままだ。
殴らなかったのは、優しさ故ではなかった。 それどころか、一倉は今や青島を憎んでいるといってもいいくらいだった。
「いいか。」
と、代わりに青島の目の前に、彼は人差し指を立てた。
「俺はあいつが好きだ。」
一倉は真面目に言った。青島の眉がぴくりとあがった。
「だからあいつをあんなにしたお前を、とても俺は許せそうもない。」
殴られれば、お前は多少とも「世間」から罰を受けた気になって、その分救われてしまうだろう。
だから殴らない。
「思う存分、苦しめ。」
のたうちまわって、胸をかきむしって、自分が犯した過ちを死ぬほど後悔して、そして誰にも救いを与えられるな。
自分で自分を裁くことほど、深く人を苛む罰はない。自分で自分を殴りつけるほど、人を傷ましめるものはない。
だから俺は、お前を救ってやる手伝いなど、ぜったいにしてはやらぬ。
貴様が室井をここまで連れてきた。貴様が室井の精神にとどめを刺した。その結果の重さくらい自分の背にだけ背負え。けっして他人に荷を委ね、苦しみを分かち合って貰おうなどと願うな。
貴様には、そんな資格などないのだ。
一倉はトレンチコートのポケットに突っ込んでいた細長い刃を引きだした。銀色の月の下で、刃は不吉な鼠色に変色した。彼はしげしげとそれを裏表にひっくり返し、そして見つけた‘染み’を、親指と人差し指で挟むようにして拭い落とした。
青島は彼の太い白い指に黒インクのような血液が移るのを黙ってみていた。
作業を終えると、一倉は無造作に鉄片を差し出した。
そしてべたつく指を擦り合わせながら言った。
「もし、これが室井の血を流していたら、俺はお前の胸を刺すためにこれが使われればいいと願ったろうよ。」
なんの尖ったところもない、静かな声だった。
青島は自分よりさらに大柄な高級官僚の白皙の面を間近にみやった。
それは高度5000メートルに存在する湖のようだった。静かで、切れるように冷たい水を湛えた、巨大な湖だった。そのしゃべり方には普段の嘲笑的な人を喰ったようなニュアンスは影もなく、だから青島はあの「普段の」しゃべり方こそがこの高級官僚が何かの必要があって装っているポーズなのだろうと思った。
しかしそんなことを知ったからといって何がどう変わるわけではなかったし、実際そんなことに彼は興味もなかった。
胸を噛む自分自身への怒りと死のうとした室井への怒り、それを救えない自分のやるせない無力感、そしてこの官僚を含め警察組織に抱いているどす黒い不信は、さっき室井の足を喰いたいと思った自分の中に混沌と併存していて、相手に自分の死を願っているなどと言う暴言を告白されても、青島の神経にはかすり傷ほどの痛みも与えなかった。
もはやこのときは、その程度では何も感じないほど、青島も血みどろになって傷ついていた。
「たぶん、あんたがそうしなくても、俺が自分でそうしただろう…。犯人を逮捕した後に。」
相手を悦ばせるためでなく淡々と応える科白に、高級官僚は微かに嗤った。この期に及んでも「逮捕」と云う呆れるほどの刑事魂を嗤った。
「じゃあ、新城からの伝言だ。従犯が逮捕されたぞ」
いたぶるような冷笑を含めて、一倉はぽんと爆弾を投げつけた。両目を見開き、さあっと全身の毛を逆立て青ざめるのを見て、一倉は残酷な愉快さを感じた。
「お前は首だ。室井の警護役のな。それも新城からの伝言だ。」
日に一度の報告義務を青島は怠った。処罰の対象になるのは当然だった。
「じゃあ、俺は、刑事をやめます。」
行き場のない憤怒にまかせ言葉を吐き捨てた青島に、一倉はかっと頭に血が上って、寸前ほんとうに青島を殴り倒しそうになった。だが彼は思いとどまった。枯渇しそうな理性をかき集め、食いしばった歯の隙間から絞り出すように応じた。
「お前は新城を信用しなかった。だから新城が貴様を信用しないのも当然だ。そしてけっきょく一番割りを喰ったのが室井だ。」
青島は咽に土塊が詰まったように顔を歪めた。
「…それであんたが来たってわけですか。…信用しろと?」
「貴様が俺を信用するかどうかなど、知ったことか!」
思わず怒鳴ったあと、大きく息を吸って一倉は火照った額を手の平で押さえた。すでに自分は自己の職務を放り出してここに来ている。そのことの意味をこの男は考えもしない。
一倉は怒りにすさぶ胸を、乱れた髪筋をなでつけることで落ち着けようと努力した。
「…俺は室井を守れればいい。貴様など…」
「どうなっても構わない?」
声を震わせる一倉に、青島は子供の無邪気さを装って訊ねた。
「…ああ。そうだ。」
お前などどうなったって構わない。
もしこの男がマッチ箱だったら、思いっきり踏みにじっているだろうほどの憎しみを感じた。一倉は吐き捨てた。
「貴様など地獄に堕ちろ。ただし一人でな。」
ここで青島は初めて声を立てて嗤った。
「…じゃあ俺はあんたを信用しよう。――――それで?俺はどうすれば?」
なぜ青島が自分を信用するというのかその理由が不可解だったが、しかし一倉はそんなことはどうでも良かった。話が通じさえすれば青島が自分をどう思っていようと構わない。
きびすを返し、再び歩きだす。 一歩遅れて、青島がその後に続いた。
「…東京に帰って復命しろ。一つ仕事がある。」
暫く枯れ草を踏み分ける音だけが続いたあと、一倉はおもむろに命じた。
「仕事?」
小声だが、静まりかえった別荘地では、そんな声でもよく聞こえた。てっきり謹慎処分が待っていると思っていたのだろう、青島の声には意外そうな響きがある。
一倉は振り返らずに続けた。
「面通しだ。逮捕したが、別件でな。室井の件に関しては知らぬ存ぜぬを決め込んでる。モンタージュはそっくりだが、犯人の顔を見たのはお前と室井だけだ。」
「じゃあ、俺は…。」
青島の声にわずかな喜色が動くのを彼は聞き逃さなかった。不快さに唇が歪んだ。
「東京に帰るまでは、貴様の警護役は終わらない。新城も甘いものだ。」
それは温情だった。それとも新城ともあろう者が、迷いか。
「…有難うございます。」
「つけあがるな。俺はお前を許してない。」
月明かりを頼りに歩きながら、一倉は地面にむかって再び吐いた。
俺なら青島を問答無用で切り捨てる。そして使い物になるSPを代わりに10人貼りつかせ、東京に引きずり出し、こんな山奥にひっこんで傷を嘗め合うようなまねは絶対にさせなかった。
俺は新城ではないし、青島でもない。だからお前達の間に流れてあるものが何かも知らない。だが青島は室井にあまりにも近付きすぎている。室井に引きずり込まれている。
「貴様まで取り込まれて、なんたることだ。」
「どういう意味です?」
「判らんか?」
青島は一倉の言葉の意味をなぞるように黙った。
いつの間にか、だらだら坂の途中にある、しょぼくれた八百屋の向かいまで来ていた。車通りの少ない県道脇の店はとっくに閉じられ、青島が使った電話だけがぽつんと蛍光灯を灯して立っている。その電話台の下に、野菜の入っているらしいビニール袋が一つ立てかけてあった。八百屋が気を利かせて、散乱していた野菜を整えて置いておいたものらしい。
青島がそれを取りに行っている間、一倉は携帯で新城に電話を入れた。
低い声でぼそぼそと交わされる暗号のような会話は、耳をそばだてても青島には内容が掴めなかった。だが、室井は無事だ、と言ったときだけは、一倉の低い声に正直な安堵が表れた。
「――ああ、ここに居る。話すか?―――――そうか。では俺はこっちに挨拶に行ってから帰るが…―――――ああ、そうしてくれ。ご苦労。では。」
どうやら新城管理官は俺と話す気はなかったらしいな、と青島は考えた。もっとも青島にもその方が有り難い。話せることなどないし、話したいことなどさらになかった。
通話を切った一倉は、機械をコートの胸ポケットにしまった。屈強な身体は下界へ続く道路の方向に向けていた。
その一本道は100メートルほど先で森を巡るように緩やかなカーブを描いて視界から消え、その先は麓の町へ向かってまっすぐ下っている。だが道路灯が数十メートルおきにしか設置されていないため、田舎には不似合いな立派な舗装道もその周辺以外は真っ暗な闇に沈んでいた。
何の変哲もない田舎の県道になぜ一倉が興味を引かれるのか判らず、青島は一倉に倣って立った。
「…この山に登るための道路全てに検問がかかっていたんだが、その解除を要請した。もう必要がなくなったからな。」
一倉が、顔を向けずに言った。
「…俺が逃げるとでも?」
眉を顰める青島に、一倉は苦笑した。そうとう青島の不信は根強いらしい…。
「逃げるって、なぜ逃げるんだお前達が?…そうじゃない、新城は万が一にも犯人グループが奇襲を掛けないようにと思ったのさ。」
衝撃を受けたように黙り込む青島に、一倉は追撃した。
「あんな別荘、もし複数犯に狙われたら、お前どうやって守るつもりだったんだ?」
青島はあっというように口を開きかけ、反論を色々めまぐるしく考えたようだった。
だが、譬え命を捨ててもと啖呵を切ったとて、複数犯相手に拳銃一丁では勝ち目などあるはずがない。心意気だけ格好付けても、実際の場面になれば自分も死んで室井も殺されていただろう。守るつもりが余計に危険に晒していたのだ。
自己の思慮の浅さに弁解もできず、一倉に対して頭を上げていることも出来ずに、ついに青島は手にぶらさげたビニール袋同様の格好で、だらりと首を項垂れた。
「俺が“取り込まれてる”といったのは、そう言う意味だ。お前は室井の心の事しか思えなくなっていた。」
一倉は視線を逸らして言った。別にとがめているつもりはなかった。
青島が芯から気を配ったように、室井の抱えるPTSDをいたわることはもちろん重要だ。だが。
「…あの別荘は室井の聖域だ。あそこには何もない。あいつを脅かすもの、驚かすもの、怯えさせるものが全くない。穏やかな時間が流れるだけだ。」
入庁直後の警察大学校時代に、室井は理想と現実のギャップにやはり変調を来したことがあった。それは若さ故のことであって、当時と今回ではそのレベルの桁が全然ちがうのだが、その時一倉は室井と共に久しぶりの休暇をここで過ごしたのだ。というより自分の実家に帰っても面白くないから、休暇中一人で色々考えたいという室井に無理矢理くっついていったというのが正しい。
「確かに室井には、時折そういう場所が必要だった。だから今回も、あいつはここへ来たがったのだろう。」
しかし一倉はその隠遁姿勢が気に入らなかった。
室井にはまだやらねばならないことがある。まだ、休むべきではない。いや、 休んではいけない。
「室井は今は戦わねば。なんとしてでも、石にかじりついてでも、戦わねばならん…。繭に入ってはダメだ。俺はそう信じる。」
もと来た道を辿りながら、一倉は自分に言い聞かせるように喋った。それは10数年前、まだお互いに若かったころ、室井に伝えた事と同じだった。
「…それは愛情からですか。」
しばらくの沈黙の後、黙って耳を傾けていたらしい青島からかかったのは、そんな不思議な質問だった。
「…愛だと?」
一倉は目をすがめて隣を見た。だが暗闇に沈む男の横顔からは何も読みとることは出来なかった。
「…考えたこともねえな、そんなこと。」
ただ、俺は室井を救いたいだけだ。発する言葉を選べなくなったあいつに、正しい言葉と意味を返してやりたいだけだ。
泣くのは容易い。叫ぶのも容易い。
だが俺はその涙と叫びに意味を取り戻させてやりたいのだ。真っ白か真っ黒か知らないが、全ての色を失ったあいつの世界に、再び彩色を与えてやりたいのだ。
それを愛というのかどうかなど俺は知らない。そんなことは、どうでもいいことだった。
* * *
あわただしく東京に帰ることになった二人を、一倉は先に送り出すことになった。この後一倉は緊急配備の処理に関し、地元の県警に挨拶に行かねばならない。
車の助手席に納まった室井は、リクライニングしたシートでヘッドレストにぽんやりと頭を預けた姿で一倉を見上げた。
青島が気を利かせて助手席のウィンドウを下げた。
「――――一倉。色々とすまなか…」
「謝るな。」
一倉は険しく遮った。
「なぜ謝るべきなのか判っていない奴に謝られたくない。」
意味を乗せぬ単語など欲しくない。 それは言葉でなくノイズにすぎない。
厳しい叱責を浴び、体裁を繕う言葉を禁じられ、…だが室井にはほかに紡ぎ出せる言葉も持たなかった。
震えるように唇を閉ざすと目を伏せる。
そんな室井を見下ろしながら、一方で一倉は何か言葉をかけてやりたいと思った。
だが「頑張れ」とは云いたくなかったし、そもそも言えなかった。
室井の瞳は暗い。
もはや死者の暗さを底にひそめて、今の室井は一個の生物として呼吸するだけの人型だった。
しかしその奥に息づくものを一倉は信じた。でなければなぜ室井がここに呼吸しているのか判らなかった。
いっさいを捨てようとした男が目の前に座っている。
手を伸ばしても伸ばしても届かない深みへ独り跳躍しようとした男が、鼓動さえ惜しむ静かさで、無存在のなかにとけ込みたいと願うかのように、ひっそりと鉄の箱の中に横たわっている。
一体何が言えるだろう?
彼が見た悪はあまりにも悪く、与えられた苦痛は余りにも身に堪え、失われたものはあまりにも崇高に美しいものばかりであった。
人間を信じることが出来なくなった人間は、どうやって人類社会の中で生きていけばいいのだろう?
室井は全ての弁別能力を失っていた。善悪や美醜や明暗や寒暖―――――自己が何に対して怒りを向ければいいのか、何を愛すべきなのか、何を守るべきか、なぜ泣くのか、何が間違っていて何が正しいのか、そんなことすら判らなくなっていた。いっさいの事物と事物を分割するボーダーラインが崩壊していた。
彼は美のなかに醜をありありと感じていた。差し出される愛には、その裏に貼りついている欲情の汚濁に怯えていた。歌う優しい声の向こうには恐怖の叫びを聞き、鮮やかな夢の先に、炎に燃える地獄を見ていた。
そんな人間に、いったいどんな言葉を掛けられるというのか?
「絶望」とは、何かを望むことを断絶することだ。
英語wantには二つの意味がある。何かを「欲する」という動詞と、「欠乏」を意味する名詞だ。そして成立したのは後者が先だ。欠乏しているから、欲しくなる。持っていないから、望むのだ。
室井は今や何も持っていなかった。恐ろしいことに、彼は持とうとする意志そのものを失ってしまった。自己の欠落を埋めるため、何かに向かって「欲しい」と欲することが出来なくなっていた。というより、あまりにも空いた穴が深すぎ大きすぎて、一体何が自分を埋めることが出来るのか判らない状態だったのかも知れない。
室井はすでに、生命を維持するための食欲や睡眠欲からも切り離された状態だった。もし無理矢理にでも食物をねじこまれなければ、遠からず彼が餓死したのは間違いなかった。
そんな全てを望むことをやめた人間に、どんな言葉があるだろう。
それは宇宙の深淵に向かってボールを渾身の力で投げ込むような行為に似ていた。
それでも、一倉はまだ生者の世界に崖っぷちで引っかかっている僚友に、やはり何か言わずには済ませられなかった。
それで彼は、室井の目を覗き込んで、他人の言葉を使った。
「―――――“絶望”なぞ、幻想に過ぎん。室井。“希望”と同じように。」
『絶望の虚妄なることは 正に希望に相同じい。』
ハンガリの愛国詩人、ペトフィ・サンドールの詩だ。
彼は「希望」など信じなかった。そして信じないまま、オーストリア帝国に併呑される祖国を見る直前コザック兵の槍先にかかって死んだ。今から100年以上も昔のことだ。
とことんまで人の醜さと愚劣さを直視したこの叙情詩人は、祖国の独立を熱狂的に希望したが、それだけ一層深く現実に絶望した。
だが彼をしてもっとも絶望させたのは、実は祖国を侵略する帝国主義の冷酷さではない。様々な「希望」や「幸福」や「正義」を唱えては、人間としてもっとも美しいものを容易く売却していく、同じ祖国の人民たちであった。
だからペトフィは紙に書かれた「希望」など信じなかった。彼は人々の語る「希望」を嘲笑した。だが 同時に彼は、「絶望」をも信じなかった。人々が涙ながらに椅子に座ってかきくどく「絶望」を彼は嘲笑した。
彼が信じたものは三つだけだ。錆びた鉄剣と、それを振り上げるための筋肉と、凍てつく寒さのなかに戦友と分かち合ったスープの温かさ。それだけ。
そんな風にして、彼は「絶望」すらも虚妄だと知った。そして絶望の彼岸を彼に教えたその戦場で、詩人は凍った泥濘に倒れた。
『絶望は虚妄だ。希望と同じように。』
それは悲痛な歌かもしれない。
だが、「絶望」も「希望」も信じずに戦うその強靱さを、一倉は室井に与えたかった。
一倉は視線を上にあげた。
星が降るように光っていた。
10年前と同じ―――いや、この光は、はるか数百光年のむかしに地球へ向けて放たれた光だ。
俺達はその下に出会った。
その事実。その事実だけだ。
「俺にも、この本当の意味はわかっていないのかもしれないが。」
目を下げると、室井が真っ黒な瞳をじっと注いでいた。
それで何かもっと続けようと思った。
しかし一倉にはもう言えることがなかった。
下らない説教か慰めか―――とにかく沈黙より悪いものしか思いつかなかった。
しかし彼がにらめっこに疲れて、体の云い別れの言葉を続けようとしたとき、
「ありがとう」
小さく、室井の乾いた唇がその五音を紡いだ。
幾100光年の光を映した瞳が、一倉を見上げていた。
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